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日本家屋は寒かった

24/3/15 (木) 晴れ 風寒し

 

 

お堀端と武家屋敷街

同じく

八雲旧居玄関

これは当時はなかった、私の好きな昔のガラスです、均質でない歪みのあるガラス

八雲が自分の住んでいる家の紹介文に道路に面して覗き格子があり、

下僕が外の様子を監視していたとありますがこれでしょうかね

 

島根旅行の話は後2回書きたいと思っているがなかなかね。

取りあえず小泉八雲の住んだ武家屋敷の話。

松江と小泉八雲はすごく喧伝されているけど住んでいたのは1年2ヶ月ほどなのね。
寒さがこたえたらしいです。

 

八雲旧居の武家屋敷なんだけど私でも逃げ出したい程寒そうな構えなのよ。
私も戦前から生きているので判るけど日本家屋は冬は寒かった。


暖房と言えば火鉢一つで冬になるとシモヤケが出来て辛かった。
春になるとシモヤケも溶けてその痒さも耐えがたかったな。
今でも右手の人差し指にシモヤケによるケロイドの痕跡がありますよ。

 

ギリシャで生まれて欧米の石作りの家に住んだ人だったら

いくらあこがれの武家屋敷といえども、
日本海に面した夏を旨とした日本家屋では冬は耐え難かったと思うね。


八雲が住んだ武家屋敷は下級武士かしら、

部屋数も少なく何処が寝室で何処が書斎なのと言える程だし、

四方八方すーすーする作りなのね。

 

現在はガラス戸になっているけどこれはその後住んだ人が入れたガラスで、
当時はガラス戸はなくて障子だけだったから、

障子一枚で採光と断熱していたのね。

 

松江を去ってから熊本、神戸、東京と移り住んでいるけどほかの土地では

我が小泉八雲様とは騒がないですね。
どっちみち日本に住んだのは14年ですね。


その並びにある武家屋敷の方が土地も広く間数も多く上級武士の屋敷でしょうかね。
当時八雲夫妻には子供はいなかったのでこの間数でもよかったでしょう。


松江城の北にあるお堀端は武家屋敷街になっていて落ち着いた町並みですね。
城を含めてもう一度ゆっくり再再訪したいと思っていますよ。

 

実は昔九州に車で行くとき日本海側を走ろうと思って松江を通った事があるのです。

しかし、当時日本海側には高速道路はなくて、一般道路を走ると日本は広すぎると

思いました。
行けども行けどもと言う感じでとうとう我慢できなくて山陽道に抜けた事があります。


その時松江城も宍道湖の夕景も小泉八雲旧居も見物しましたね。
宿が取れなくて飛行場の駐車場で車中泊しましたら、一番機の飛び立つ轟音で

目が覚めましたよ。
若かりし頃の話です。

続く

 

 

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