スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ストマイつんぼ(変更あり)

25/4/18 (木)晴れ

 

産経ビル「正論を聞く会」満員の村田春樹氏の講演会場  携帯画像

 

村田さんのお言葉『僕の講演を聞かなかったら一生後悔するよ』
はいはい!最後の一言でも聞きに行きましょう。

 

会議が終わってから駆けつけようと思ったが会議がいつもより長引いたので会場に着いたのが8時15分頃、最後の質疑応答の時間であった。
会場は130人定員だそうですが立ち見の方々もいる満員御礼状態でした。
大盛況でありました。
その後お決まりの懇親会に参加いたしました。

 

実はケアマネ会議の後にも懇親会をやるつもりでしたので、じゃぁこっちの懇親会に

出ようと思ったわけです。
会議が延びたのは会社の今後の経営方針を社長が述べたからです。


会社経営も主力の訪問介護が先細りなので今後は他の分野で生き延びようとの方針です。

今の介護報酬ではヘルパーさん確保が困難なので仕事はあっても受けられない状態なのです。
ヘルパーさんの新規参入が途絶えてヘルパーさんの老齢化でこれから伸びる要素はないと判断したようです。

3件目のデイサービスを開設するそうです。
私の住まいの町内に物件が見つかり6月から開設するらしい。

 

ところで話は変わりますが「ストマイつんぼ」ってご存じの方はいますかね。
いるとしたらもうかなりの年配ですね。
実は私もその「ストマイつんぼ」だと思われます。
耳が遠いなと意識する様になったのは50代始め頃でした。

ぼそぼそ話す親友と会食した時目の前にいる彼女の声が聞きづらいと思うようになりました。
その前の代から人より難聴だったと思いますが気がつくほどではなかったと思う。

 

私は20代前半に肺結核になり6ヶ月療養所で療養し後6ヶ月自宅療養しました。
その頃の治療の主力が三種混合(イソニアジド、ストレプトマイシン、パス)の特効薬でした。
その後大分経ってからストレプトマイシンによる副作用「ストマイつんぼ」が言われる様になりました。
もう!遅い


その後30代、40代ではさほど気になりませんでしたが50代始めにひょっとして

私のこの難聴は「ストマイつんぼ」かと思ったのです。

その頃から右の耳の耳鳴りにも悩んでいますよ。

たえずじ~と鳴る耳鳴りと共に生きています。


最近は特に酷くなりぼそぼそ声の人と電話で話すのが困難です。
つい最近も電話の相手に「私は老人ですからもっと大きな声でゆっくり話して下さい」と言って周りの失笑をかいました。


一番困るのは居酒屋など騒がしい場所では隣の人とも会話出来ないほどです。
老兵は去るのみかなと悲観した昨晩の懇親会でした。

もう、今となっては老人性難聴と区別がつかないな。

 

薬剤性難聴 【やくざいせいなんちょう】

結核の治療は抗結核薬が発見される前は大気安静療法と言って安静にし、栄養を取る方法しかなかったのですが、
その後化学療法(いわゆる抗生物質)が発見され、全身麻酔法が発達し外科療法が行われました。
有効な薬剤がなかったために肺がんのように肺の一部を切除する方法が行われていました。

昭和30年代は外科療法の最盛期でしたが、イソニアジド、ストレプトマイシン、パスを併用することで、肺結核症は薬で治せることができるようになりましたが、治療期間は1年半も要しました。
その後リファンシンという強力な薬剤が開発されて治療期間は9ヶ月に短縮されるようになりました。

 

 

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

さんごママ

Author:さんごママ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。