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トーマス・グラバーの述懐

 

グラバー邸から長崎港を眺める    さんごママ撮影


昨日の産経新聞に皆様に是非知って頂きたい日本人の良き資質を述べた記事が

掲載された。


世界広しと言えどもこんな高潔な民族は大和民族を置いて他にはない!
大和民族はなんと高潔なんだ!
我々は胸を張って世界に向かおう!

 

【次代への名言】

 

幕末維新青春伝編(31)2013.7.4 03:06 [日本維新の会]


幕末、何十万、何百万両の取引をしたが、賄賂をふところに入れるような武士は一人もおらず、賄賂をしたくともできなかった(トーマス・グラバー)

 

幕末維新期、グラバーは長崎最大の貿易商であると同時に、志士でもあった。


彼のおかげで、当時は幕府の許可がなければ死罪であった海外渡航がいわば自由化した。
彼はまた、危険を承知で“お尋ね者”の長州藩志士を自邸にかくまい、対幕府戦用の武器を用立てた。

 

若干、高杉晋作と混同している感があるのだが、「幕府に追われていた桂小五郎(木戸孝允(たかよし))をかくまい、闇にまぎれて小蒸気船で下関まで送り届け、損を承知でその船を長州に売却した」こともあったという。

 

また彼は、駐日英国公使、パークスと薩長両藩の首脳の会見実現に尽力した。
その結果、パークスは幕府よりも薩長を「貴」とし、維新への道が定まることになる。


グラバー自身は「パークスと薩長との間にたって、その壁を崩したこと。
これが幕末期における私の一番の手柄だったと思います」と語っている。

 

グラバーは、西日本の雄藩・大藩のほとんどすべてを相手にした。
維新後、彼は誇りをこめて述懐している。

 

「幕末に長州、薩摩、肥後、肥前、宇和島の各藩とは何十万、何百万両の取引をしたが、賄賂は一銭も使わなかった。
これは、賄賂をふところに入れるような武士は一、二の例外を除いて一人もおらず、

みな高潔かつ清廉であったためで、賄賂をしたくともできなかった。

このことはぜひ特筆大書して後世に伝えていただきたい」文化部編集委員 関厚夫)

 

 

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